自称素人経済屋が色々語るブログ

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パラダイムシフト

さて、久々の記事。
あまりに久々すぎて何を書いたらいいのかわかりません。

えーと、前回の記事が2008/09/05ってなってるから
半年近く放置してたことになる。
もし、ちょくちょく様子見に来てくれてた人がいるとしたら
申し訳ございませんでした。

放置の理由は色々あるんだけど、主に忙しかった。
更新する物理的な時間はあったかもしれないけど
精神的余裕がなかったなぁ。

18世紀の天才数学者オイラーは片手でゆりかごを揺らしながら
もう一方の手で論文を書いていたらしいが
そんな芸当は天才にまかせるとして
凡人の俺は、只々目の前の事柄に忙殺されるばかり。
そんなもんだ。現実は甘くない。


ただ、この半年間は濃い時間を送れたと思う。
更新を止めた去年の9月が何年も昔に感じるほどだ。

なんか常にドキドキしてた気がする。
どっかで心拍数と体感時間の関係をネズミとかゾウとかを持ち出して
説明してるのを聞いたことがあるが、そこらへん関係あるのかなぁ。
まあ、単に環境が変わりすぎたせいってのが大きいと思うんだけど、
どちらにしろ確実に寿命は縮んでる。


さあ、話は肝心の経済理論について。

何だかんだ言って、やはり理論は経験に勝てないのか。
それなりに根拠のある経済理論を選りすぐって学んでいたつもりだったが、
意外とあっさりと覆ってしまうのが驚きだ。
良く言えばパラダイムシフト、悪く言えば迷走といったところ。

一番大きい変化は、市場原理への疑惑が芽生えてしまった
という点だろう。

このブログの中であんなにも狂信していた市場原理だが、
実際の経済には、市場原理が見えない。

「需給曲線」より慣習が優先。
「一物一価」なんて夢のまた夢。
「完全市場」ハァ?なにそれ、食えんの?

裁定機会という穴はそこらじゅうに転がっていて
バブルはのうのうと膨れ上がる。

以前の記事に「なぜキャラメルの利益はゼロに近づかないのか?」という
内容を書いたが、答えは簡単だ。

「市場が完全じゃないから」

・・・なんなのだろう。心に穴が開く。
こんなことなら、理論に埋もれた日々を送ればよかった。

周りから言われ続けた「経済学は机上の空論」という言葉を
まさか、自身に問いかけることになるとは。


今後、俺は

 なお、理論を追い求めるのか
 次なる市場を探すのか
 放置された裁定機会を貪るのか

選択を迫られることになるだろう。非常に嫌な気分である。



だけどまあ、経済学はあくまでも趣味だから続けるけどね(笑)



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裁定取引のリスク

題名を見て、

「また面倒臭そうなこと言い出しやがったな・・・」

と思った方、すいません。その通りです。

忙しいときは、考える時間が無いことを嘆いていたが
考える時間が有り過ぎるのも困りもので、どうでもいいことに
延々と想いを巡らすことが良いことなのか、悪いことなのかを
考える時間さえも惜しんで、どうでもいいことを考えている昨今。

今日は、疲れてるから面倒なことは考えたくない。という方は
気力の充実した、またの機会にでも読んで頂くとして
早速、面倒でどうでもいい話をはじめる。


例えば、一つの商品が、A店では1000円で売られていて、
B店では1200円で買い取ってくれるとする。
この場合、A店で購入しB店で売却すれば
何の苦労もリスクもなしに200円儲けることができる。

こういったものが「裁定取引」と呼ばれる。
つまり、簡単に言えばノーリスクで儲かる売買などのこと。

だが、ご想像に難しくない通り、やっぱり世の中そんなに甘くない。
裁定取引の機会は、そうホイホイ転がってはいないのだ。

上記の例で言えば、裁定行為が繰り返されることにより
A店では供給が不足し、販売価格が上がる。
B店では需要が追いつかなくなり、買取価格が下がる。
次第に価格は収斂していき、一物一価が形成され、裁定機会は消失する。

また、完全市場を前提とする古典的な経済学においては
価格の収斂は、ごくわずかな時間で起こると仮定して
理論上、裁定取引は存在しない、リスクとリターンは常にトレードオフだ。
と想定する場合だってある。


まあ、完全市場のケースはおいといて、ここからが本題。


人生長く生きていれば、

「こりゃあ、おいしい取引だぁ!確実に儲かるぜ!ひゃっほう!」

といった、裁定取引に近いものに巡り合う事もあるだろう。
経済が発達したとはいえ、まだまだ裁定機会は残されている。

しかし、疑問に思うことがある。
その取引は本当にノーリスクなのだろうか。


先日、読んだ本「アフリカ ~苦悩する大陸~/ロバート・ゲスト」の
とあるエピソードから、その疑問は湧き上がってきた。

著者は、カメルーンの経済実態を肌で感じるために、
ビール運搬のトラックに同乗させてもらうこととなる。
途上国特有の様々な障害に直面するが、中でも苦労するのが
警官からの賄賂要求であるらしい。


「許可証が一点欠けていると難癖を付けた警官が
 通常の2倍の値段で売ってやると言った。
 
 運転手が領収書を求めると、3時間半も待たされた。

 がやがやと他の警官たちも集まりだし、浪費された工数を計算すれば
 7人の警官が口を出し、我々3人を合わせると
 10人×3.5時間=35人/時
 フランスなら労働者ひとりの1週間分の労働時間だ。

 しかもわずか8000CFAフラン(約12ドル)のために。」


おそらく、この警官たちは(違法であるということを含め)この行為を
裁定取引であると考えているのではないか。
ほぼノーリスクであるがゆえに、少ない金額にも手を伸ばしてくる。

だが、文中にもある通り労働力の損失は金額に見合うものではなく
その「つけ」は国を経由して必ず国民に跳ね返ってくるはずだ。

これは、警官たちにとっても無視できないコストであり、
リスクといえるのではないか。そのリスクを勘定に入れても、
なお裁定取引であると思えるだろうか。


人間は欲深く、裁定取引が目の前にあれば貪欲に求める。
しかし同時に、リスクを正確に量るという行為が非常に苦手だ。

実は、世の中の全ての裁定取引は金銭的な狭い解釈であって、
巨視的な見方の上で、様々な要素を加味すれば、完全市場でなくても
経済学のリスクとリターンのトレードオフが成り立つ。


なんて考えが、なかなかに俺の好みなのだが、さてどうだろう。


普遍的真理

皆様方はサブプライム問題の根底の原因は何だとお考えだろうか?

先日、ちょっと説得力のある記事を読んだので、書いてみる。

その記者曰く、債権証券化のシステム自体に問題があるとのこと。
そもそも証券化は金融機関が自己資本比率の悪化に窮して
開発された手法らしい。
証券化を行えば貸借対照表からオフバランス化される。
資産を減らすことになるので、簡単に自己資本比率を上げられるわけだ。

しかし、その記事で問題視されているのは、
金融機関がデフォルトのリスクを直接負わないにもかかわらず
債権回収の義務だけを負う仕組みになっている点だ。
このジレンマが歪みを作り、サブプライム問題の原因となったのではないか、
ということらしい。

確かに、この構造はおかしいだろう。
実際に、オフバランス化されない証券化の手法を
取り入れようとする動きもあるようだ。

だが、しかしだ。

なんていうか、ひじょーに感覚的なことで申し訳ないのだが、
俺は、これがサブプライム問題の「根底」の原因だとは思えない。
もっと本質的な、規模の大きい問題があるような気がしてしまう。


ここからは脈絡もなく変な話。


人間は本来、普遍的真理を求めるものだ・・・多分。

 ふへん‐てき【普遍的】
  [形動]広く行き渡るさま。極めて多くの物事にあてはまるさま。

  しん‐り【真理】
   いつどんなときにも変わることのない、正しい物事の筋道。真実の道理。 

俺は、若い頃は特に普遍的真理を強く求めていた。
些細な問題にも「なぜ?どうして?」を繰り返し、いつかは
全く疑問の余地がない「境地」まで辿り着けると思っていた。
答えが解らなかった訳じゃない。
その答えに行き着く道筋を定型化して普遍的で応用力のある物にしたかった。

だが、ここ数年しみじみと思う。
おそらくは普遍的真理など存在しないのだろう。
結果は微小な要素によって簡単に揺蕩い、疑問は永久に尽きることはない。

上記のサブプライム問題も、その類だ。
いくら考えたって、原因を究明し再発を完全に防ぐなんてことは
不可能なのだ。


無意識にそんなことを考えているのかどうか、最近ディープな議論の場において
話に混じらずヘラヘラと笑っていることが多くなった。
実にふがいない。老いた。これは老化だ。
議論となれば誰だろうと食ってかかった、あの若さはどこへいったのか。

ということで、解決策を探ろう。

実は、既に光明を見い出している。複雑系という学問だ。
特徴は「複雑な現象を複雑なまま理解しようとする」ことらしい。
なかなかに、しっくりくる表現ではないか。

全く手をつけてない分野なので理解できるか不安だが、
まあ、少しでも慰めになればいい。


ディープエコノミー

「ディープエコノミー/ビル・マッキベン」を読んだ。

間違いなく「良書」である。

いや~、最近なんていうか、こうガツンとくる経済本に出会わなくて
もっぱら趣味の本とか小説とか読んでた訳で。
この前とか、極まって育児の本とか読んじゃったし。キャラ違うし。

虚ろな目でフラフラと書店をさまよっていた折、
ふと、手に取ったのがこの本。運が良かった。

玉石混交の情報社会、胸を張って「玉」といえるものに出会うことは
なかなかに稀なもの。とても幸せなことなのだ。


さて、この本は経済と環境の本である。


個人農業や近所付き合いの重要性など、いわばスローライフ的な事例が
柔らかな文脈で終始語られているが、騙されてはいけない。
奥に潜んだ思想は、かなり過激。


「人類史上ほとんど「量」と「質」という二羽の鳥は
 仲良く同じとまり木に並んでいた。

 石を一つ投げれば、両方に当たることが期待できた。

 ところが今、これまでとはまったく異なる事態が起こった。
 「質」が巣作りのために数本離れた木に飛び移ってしまったのだ。

 それは何もかもを変えてしまう。

 今あなたは、自分の人生、あるいは社会という石を握りしめて、
 二羽のうちどちらかを選ばなくてはならない。

 「量」か。それとも「質」か。」


趣のある比喩だが、なんてことはない。
「大量生産主義」大きく言えば「資本主義」への反論である。 

多くの人が埋没している思想に、臆することなく
異を唱えるあたりが好感触。
資本主義じゃないなら共産主義?なんて安直なことはもちろん言わず
「一歩進んだ資本主義」とも言うべきか、
おそらく環境との折り合いをつけた譲歩策を考えているのだろう。
きわどいところで現実味があり、斬新だ。


もうひとつ、お気に入りポイント。


おそらく著者は、主に先進国の人間全体に対して
幸せの定義を変えろ。と要求している。

「私たちは、人類史上もっとも多くの娯楽を与えられている。
 では私たちは、人類史上もっとも幸せだろうか?」

といった具合に。

いやいや、ムチャ言わんといてくださいよって話。
この人、人類に説教するつもりだ。反論しようもんなら、
「実行できないなら、あなたの孫は地球に住めません。」
一喝されるわけだ。こわいぃぃぃ。


頑固オヤジっぷりを発揮している著者だが、
どんなに無茶苦茶でも言っていることは事実。
近い将来、中国やインドの生活水準が先進国並になることは
ほぼ、確実である。

人類全体が説教される、なんてことも笑い話ではなく、さらに
どうやら、地球環境は「危機」の段階だ。


スワップポイント

1年前くらいからFXに関する本が書店にチラホラと
並びだしたなぁと思ったら、いつの間にやら急増し、
一時は、書店の1コーナーを占めるほどに流行ってしまった。

正直、俺はFXのことを「外為証拠金取引のこと」ぐらいにしか
知らなかったので「あらら、旬を逃しちゃったかなぁ・・・」程度に
留めておいたのだが、根本でゼロサムである外為取引に
個人投資家が参戦して勝てるのだろうか、と
疑問に感じていたことを憶えている。

そんな中、つい先日読んだ雑誌にFXの注意点が書かれていて、
「流行の原因はこれか」と思わず納得してしまった。


ということで今回は、流行もピークアウトした感があり、
いまさらなのが否めないFXについての話。


そういえばそうである。思い出した。
FXに手を出そうとしていた知人が「スワップポイント」なる
単語を口にしていたではないか。

デリバティブの本を買ったは良いものの、複雑すぎて理解できず
二階建て、三階建て、といった超ハイリスクトレードに
ほのかな憧れを抱き、妄想にふけるだけの俺としては、
「スワップ」という言葉を聞くだけで、軽い眩暈を覚えるのだが
FXにおけるスワップポイントというものは
そこまで複雑な物でもないらしい。

スワップポイントとは通貨間の金利差を受け取るシステムのこと。

つまり、ドル買い・円売りのポジションを1年保有した場合
ドル金利4%・円金利1%なら差の3%が受け取れる
ということらしい。金利が逆転すれば支払う側にまわる。

至極、まっとうなシステムのように思えるが、
問題は一部の広告などで利率30%や40%などと謳っていたことだ。

そんなバカな、という話である。
当然、旨い話にはタネも仕掛けもあるのが世の常。

カラクリは証拠金取引にある。

FXは1倍から200倍程のレバレッジをかけることができる。
例えば100万円を証拠金に1000万円分ドルを買うとする。
これに対して3%のスワップポイントが付くので年30万円。
100万円に対して30万円の利益なので
年利30%の商品が出来上がりというわけ。


いや~、これは騙されちゃう人がいてもおかしくないなぁ。
だって実際に投資金100万円に対して30%増えちゃうわけだから。
俺が早いうちにFXやってたら「スワップポイントがマジ旨い」とか
真顔で言ってそうだもん。コワイコワイ。


盲点なのは、あくまでも実際に買っているドルは1000万円分であり、
利息の30万円を、その担保である証拠金100万円で割った数字は
年利としての意味を成さないということ。結果30万円増えたとしても
ちゃっかりとその金額分のリスクは負っている訳だ。
リスクとは何なのか、ということを程よく理解していないと
このカラクリは理解しづらいだろう。


経済の世界で「流行の後乗り」は多大な危険が付きまとう。
一昔前に株式分割銘柄や低PER投資が大流行したが、
後乗りして痛手を被った人も多いのではなかろうか。

金融商品は山ほどある。
今からFXをやろうとしている個人投資家の方には
「なぜFXなのか」という点を、
もう一度確認することをオススメしたい。


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Author:蟻価

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